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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2028号 判決 1977年5月31日

控訴人(附帯被控訴人)

黒岩きみ子

外三名

右控訴人四名訴訟代理人

小池通雄

外二名

被控訴人(附帯控訴人)

白根工業株式会社

右代表者

小林稠尚

右訴訟代理人

梶原茂

主文

一  原判決中控訴人(附帯被控訴人)ら敗訴の部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)黒岩きみ子に対し金五三万二七三六円、同黒岩佐予子、同黒岩太郎・同黒岩二郎に対し各金一二九万六〇四〇円を、右各金員に対する昭和四五年六月二三日から完済に至るまでの年五分の割合による金員とともに支払え。

2  控訴人(附帯被控訴人)らその余の請求を棄却する。

二  被控訴人(附帯控訴人)の本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一・二審を通じてこれを三分し、その二を被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、その余を控訴人(附帯被控訴人)らの連帯負担とする。

四  この判決の第一項1は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一当裁判所も、本件事故は被控訴人の占有下にあつた一五八メートル坑採掘跡の設置、保存上の瑕疵によつて生じたものであり、被控訴人は黒岩一夫の死亡による損害につき、控訴人らに対し賠償の責を負うべきものと判断する。その理由は、左に補足するほか、原判決二七枚目表冒頭から三二枚目表五行目までに認定判示するところと同一であるから、これをここに引用する。ただし、原判決二八枚目裏二行目「同中山一夫」とあるのを「原審及び当審証人中山一夫」と改め、同二九枚目表四行目「採掘当初において」以下四行を「昭和四四年六月採掘を終了した当時には垂直鉱柱は幅三メートル近くにまで狭くなり、なお剥離が進行していたこと、一五八メートル坑は一五二メートル坑と一六四メートル坑の間にある厚さ六メートルの水平鉱柱を採掘したもので、その結果、切羽の天磐の高さは一二メートルに達したことが認められる。」と改め、同二九枚目裏一行目の「ためか、」以下同二行目の「剥離した」までを削除する。

(一)  被控訴人は、右採掘跡が土地の工作物であることを争うが、右採掘跡は被控訴人の硫黄鉱石採掘事業の結果垂直鉱柱を残して作り出された三万立方メートルに及ぶ空洞であり、被控訴人は崩落事故等の発生を防止する目的から、これをその占有下に置いてスライムによる充填を継続中であつたのであるから、復元に至るまでは被控訴人の占有下にある地下の工作物というべきことは明らかであり、右採掘跡が閉鎖され採鉱の事業場として利用されていなかつたことは、右判断を左右すべき理由とはならない。

(二)  被控訴人は、保安規程や事故直後に通商産業局長の認可を得た新施業案では垂直鉱柱の幅を三メートル以上とすれば足りるとされていることを根拠に、瑕疵の存在を否定する。しかし、右保安規程や施業家が認可されていることは、そこに定められているところが行政監督上の最低限の基準を充たすことを意味するにとどまり、右基準を充たしていても、現実に事故が発生した場合の帰責原因として、瑕疵が存したものと認めることの妨げとなるものではない。のみならず、新施業案がその定める柱房式採掘法において高さ一二メートルに達する垂直鉱柱の幅が三メートルで足りるものとしているとは認めにくいし、<証拠>を総合すると、右保安規程や新施業案の定めるところも、早期充填を前提とした場合の定めであつて、本件ように、三万立方メートルにも及ぶ採掘跡の空洞を作り出し、採掘終了後四ケ月を経過してもその約三分の一が充填されたにすぎず、充填の効果が現れるにはさらに数ケ月を要するのに、高さ一二メートルの天磐を支える垂直鉱柱の幅が三メートルになつていてもなお危険とはいえないとの判断を前提とするものでないことは明らかである。

さらに、廃坑内ならいざ知らず、<証拠>を総合すると、右一五八メートル坑採掘跡の箝止堤の外側及び天磐上の一七六メートル坑は、斜坑等によつて現に採掘の行なわれている各レベル坑と連接しており、本件のような崩落とそれに伴う硫塵爆発を生ずるときは、たちまち右連接した各レベル坑に亜硫酸ガスが充満する関係にあつたことが認められる(従つて、本件空洞を含め、右連接した各レベル坑を一体として、土地の工作物と解することも不可能ではない。)ことに思いを致すときは、充填に前記のような長期間を要する大空洞を作り出すことの危険なることは論をまたないところというべきである。そして、被控訴人は、二年間の採掘跡を一挙に充填することは不可能であり、被控訴人としては技術上最善の方法をもつて充填を続けていたというが、<証拠>によれば、崩落防止のためには採掘終了次第小ブロツク毎に短期間のうちに充填することが好ましいのであるから、先ず問われるべきはそのような早期充填の不可能な空洞を操業中の鉱山の一画に被控訴人自身が作り出したこと自体の責任であつて、右充填が事故防止の効果を持つ程度に至らなかつた以上、災害の発生防止に必要な注意を尽くしたものとして被控訴人が免責されうべき限りでない。<証拠>によつて認められるように、鉱山保安監督部から、本件事故に関し、被控訴人に対して「保安を重点にして生産計画を樹立し、規格的採掘を行ない、この種災害が再び発生しないよう万全を期すること」が指示され、また一般の硫黄鉱山に対しても「採掘規格を厳守し、落磐または崩落が発生しないよう計画的採掘を行なうこと」との警告が発せられたのは、まさに頂門の一針というべきである。

また、被控訴人は黒岩一夫が防毒マスクを携行していれば本件事故から免れえたとも主張するが、<証拠>を総合すれば、被控訴人は一夫を含む白根鉱山の坑内作業員全員に対しA型防毒マスクを一個ずつ配布するとともに、坑内での就労にあたつてはこれを携行させる建前をとつていたのに、一夫は事故当時防毒マスクを現場に携行していなかつたことが認められるけれども、本件事故の規模からみると、多量かつ高濃度亜硫酸ガスが一夫を襲つたものと推定されるところ、ガスの濃度が高い場合は防毒マスクが役立たないこともありうるので、防毒マスクさえ携行しておれば遭難自体を避けえたものと推認することは困難であるのみならず、右各証拠によれば、坑内作業員は一般に防毒マスクを身辺に携帯して作業することは作業上邪魔になるとしてこれを嫌い、被控訴人においても、局部的な自然発火に伴うガス発生の危険程度しか具体的には念頭になかつたことも手伝つて、マスクの常時携帯を強いては求めず、仕事場近くの坑内休憩所等に置いておく程度でよしとしていた(しかし、本件のような硫塵爆発に伴う亜硫酸ガスの大量発生の際には、それでは間に合わなかつた。)と認められるので、この点からも被控訴人の免責を認めることは到底できない。

二そこで、次に被控訴人が賠償すべき損害額について判断する。

(一)  (亡黒岩一夫の逸失利益)

(1)  一夫が昭和八年一月七日生まれ(本件事故当時三六才九ケ月)の男子で、被控訴人の白根鉱山に坑内雑夫として勤務し、当時年額金六五万二六七一円の賃金の支払を受けていたことについては、当事者間に争いがない。従つて、一夫が本件事故に遭わなければ、本件事故後三年間は右金額に相当する賃金を得たものと推認される。

また、右のほか、当時一夫方においては年間六万九〇〇〇円の農業収益を挙げていたものと認められる。その認定根拠は、原判決三四枚目表九行目から同三六枚目表四行目までに判示するところと同一である(ただし、三四枚目裏二行目・三五枚目表五〜六行目・三六枚目表一行目にそれぞれ「もつぱら」とあるのを「主として」と訂正し、同二行目は末尾の「右」を残して削除する。)から、これをここに引用する。しかし、一夫の農耕作業は白根鉱山への勤務のかたわらなされたものであることと同人方の家族構成とに徴するときは、右農業収益をあげるについての同人の寄与率は三分の二程度とみて、同人の労働により得べかりし農業収益は金四万六〇〇〇円と認めるのが相当である。さらに、控訴人の主張する共同作業に従事する代りの負担金年額金八六五〇円相当分についても、一夫の生前はその労働余力によつて支出を免れていたものと認められるから、家族の一員として家事に従事していた者の逸失利益を推算する場合等に準じた観点から、これを逸失利益に合算するのが相当と考えられるので、原判決三六枚目表五行目から同裏八行目までの判示もここに引用する(ただし、裏五行目の「少なくとも」以下、同六行目の「おいては」を削除する。)。

以上のとおり、一夫は、本件事故後三年間は賃金六五万二六七一円に農業収益金四万六〇〇〇円及び前記負担金八六五〇円を合わせた年額金七〇万七三二一円の収入を得べかりしものというべきところ、右収入を得るために必要な同人の生活費はその四〇パーセント程度とみるのが相当であるから、これを差し引いたうえ、ホフマン方式(年毎複式、以下同じ。)計算により中間利息を控除(現価係数2.731)すると、一夫の事故後三年間分の逸失利益は金一一五万九〇一六円(円未満切捨て、以下同じ。)となる。

(2)  白根鉱山が昭和四八年三月末をもつて閉山となり、全従業員が解雇されたことについては当事者間に争いがなく、従つて、一夫もその頃までには転職を余儀なくされたことは否定できない。それ故、本件事故後四年目分以降の逸失利益については、その頃同人が転職したものとしてこれを算定するのが相当である。

具体的には、統計(労働省統計情報部の昭和四八年賃金構造基本統計調査報告、いわゆる賃金センサス)によると、サービス業を除く全産業労働者中、小学・新中卒(一夫の学歴が小学校卒業であることは、控訴人らの明らかに争わないところである。)、年令三五才以上四〇才未満の男子で勤続年数一年未満の者の平均給与額(「きまつて支給する現金給与額」)は月額金九万九八〇〇円とされており、当裁判所は、本件事故後四年目以降、一夫が満六三才に近くなる二七年目(平均余命がそれを上回ることは、当裁判所に顕著な事実である。)までの間の同人の逸失利益としては、右金額を収入額として算定するのが相当であると考える。控訴人は、年間賞与その他の特別給与額を加算すべきであるとし、また毎年少なくとも七パーセントの賃金増加を見込むべきであるとも主張する。しかし、一夫の年令や住居地の地理的条件からみて現実には離職後の再就職が必ずしも容易ではないと考えられることを考慮すると、かかる離職者の、しかもかなり遠い将来の、高年令に達するまでの間の逸失利益を統計によつて推定するにあたつては、控え目な態度がとられるべきであつて、控訴人主張のような不確定要因を含む金額を加算することは、妥当でない。同じく控訴人の主張する、再就職後一定期間同一企業体に勤続したうえで退職することを前提とする退職金の加算に関しても、同様である。

従つて、一夫の事故後四年目以降分の逸失利益は、右年間収入額から前記1と同様に生活費相当額四〇パーセントと中間利息(現価係数16.804−2.731=14.073)を控除して計算すると、金一〇一一万二二九四円となる。

(3)  以上により、一夫の逸失利益は右(1)・(2)の合計金一一二七万一三一〇円と認められる。

被控訴人は、一夫が防毒マスクの携行を怠つた過失を賠償額の算定にあたつて斟酌すべきであると主張するが、防毒マスの携行については、さきに一の(二)において判示したような実情にあり、被控訴人においてもそれを容認していたものと認められるから、一夫に保安協力義務違反の廉があつたこと自体を全面的には否定できないにしても、これを根拠に本件賠償額の算定にあたつて過失相殺の規定を適用することは適当とは認められないので、被控訴人の右主張は採用しない。

(二)  (慰藉料)

当裁判所は、本件事故の態様に、原判決三七枚目裏一〇行目から同三八枚目表九行目(「甚大である」まで)及び同三九枚目表一〇行目から同裏八行目(「受給している」まで)に判示(右判示をここに引用する。)されているような一夫の境遇その他の諸般の事情を考慮し、本件事故により被つた精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては、一夫自身につき金一六〇万円、控訴人黒岩きみ子については金一〇〇万円、その余の各控訴人らについてはいずれも金二〇万円が相当であると認める。

(三)  控訴人らの相続関係については当事者間に争いがないから、右(一)・(二)において判示した一夫の逸失利益と慰藉料の合計金一二八七万一三一〇円の損害賠償請求について、控訴人きみ子はその三分の一にあたる金四二九万〇四三六円分(うち逸失利益の相続分金三七五万七一〇三円、慰藉料相続分金五三万三三三三円)、その余の各控訴人らはいずれもその九分の二にあたる金二八六万〇二九一円分をそれぞれ相続により取得したものというべきである(慰藉料請求権の相続性を否定する被控訴人の見解は採用しない。)。そして、これに右(二)に判示した控訴人ら固有の慰藉料を加算すると、各自の請求権の額は、控訴人きみ子分が金五二九万〇四三六円、その余の控訴人らの分が各金三〇六万〇二九一円となる。

(四)  (遺族補償年金等の控除)

(1)  控訴人きみ子が受給権者と認められて、昭和四四年一一月分以降、労災法及び厚生年金保険法に基づく遺族年金を受領していることは、控訴人らの自認するところである。被控訴人はその余の控訴人もそれぞれ自己の分を受領したものと扱うべきであると主張するが、労災法第一六条の二ないし四によれば、受給資格者のうち配偶者として最先順位にある控訴人きみ子のみが受給権者であることが明らかであつて、その余の控訴人らは一八才未満であれば受給資格者とされているが、支給は停止され、配偶者たる控訴人きみ子に支給されるべき年金額の算定の基礎となる遺族とみられるにすぎない。このことは厚生年金保険法に基づく遺族年金の受給権についても同様に解すべきことは、同法五九条・六六条に照らして明らかである。そして、これらの遺族年金はいずれも被保険者(一夫)の死亡のため、その収入によつて受けることのできた利益を喪失したことに対する損失補償及び生活保障を与えることを目的とし、かつその機能を営むものであつて、遺族にとつて右の年金によつて受ける利益は、被保険者の得べかりし収入によつて受けることのできた利益と実質的に同一同質のものといえるから、被保険者の逸失利益につき損害賠償請求権を相続した遺族が右年金の支給をうける権利を取得したときは、同人の損害賠償請求権の金額の算定に当つては、相続した右逸失利益の賠償請求権から右年金相当額を控除すべきであり、かつそれは受給権者たる遺族のそれに限られるべきである(最高裁昭和三七年四月二六日判決・民集一六巻四号九七五頁、同昭和五〇年一〇月二四日判決・民集二九巻九号一三七九頁参照)。従つて、右の控除は控訴人きみ子が相続した一夫の逸失利益についての損害賠償請求権に関してのみなされるべきであり、他の控訴人らの相続分からは控除されるべきでない(就学援護も費について遺族補償年金の受給権者に支給されるものであるから、同様である。)。

(2)  控訴人きみ子が昭和四四年一一月から昭和五一年三月までに支給を受けた遺族補償金の合計額が被控訴人主張のとおり金三二三万七三五四円となることは、当事者間に争いがない。もつとも、右金額には、労災法に基づく遺族補償年金のほかに、厚生年金保険法による遺族年金として支給された金額の半額が合算されているけれども、後者の前者からの控除措置は前述した両年金の機能の共通性から来る補償の重復を調整する法の趣旨に出たものであることが明らかであるから、本件のように、被控訴人が損害賠償額の減縮理由として労災法に基づく遺族補償年金の控除を主張するにとどめている場合に、厚生年金保険法に基づく遺族年金として支給された金額中、労災法に基づく遺族補償年金から控除された厚生年金調整額相当分については、これを実質上労災法に基づく遺族補償年金の支給があつたものと同視して、被控訴人の主張するとおり、合算額を損害賠償額から控除することが承認されてしかるべきである(この点は、将来支給されるべき遺族補償年金についても同様である。)。

そして、昭和五一年四月以降に控訴人きみ子が支給を受ける遺族補償年金(厚生年金調整額を含む。)は、既受領額の計算根拠からみて当事者間に争いないものと認められる年額金八三万三〇一一円を基礎として算定すると、昭和三五年三月二六日生まれであることにつき当事者間に争いのない控訴人佐予子が満一八才に達する昭和五三年三月分までの額だけを計算しても、合計金一六六万六〇二二円となり、既受領額と合算すると金四九〇万三三七六円となる。これを年五分の中間利息を控除して昭和四四年一〇月現在の価格に換算すると、昭和四五年一〇月分までの金三二万二六九七円(各内訳額についても、控訴人らは被控訴人の主張を明らかに争わない。)が金三〇万七二〇七円、同年一一月から昭和四九年一〇月までの四年分金一八九万七四二四円が金一五一万七九三九円(計算の便宜上一括し、控訴人らに有利なホフマン単式五年目の現価係数による。)、同年一一月から昭和五〇年一〇月までの一年分金六七万〇一四五円が金五一万五三四一円、同年一一月から昭和五一年一〇月までの一年分金八三万三〇一一円が金六一万六四二八円、同年一一月から昭和五二年一〇月までの一年分金八三万三〇一一円が金五九万四七六九円、同年一一月から昭和五三年三月までの五ケ月分金三四万七〇八七円が金二三万九一四二円(計算の便宜上九年目の現価係数による。)、以上合計金三七九万〇八二六円となつて、一夫の逸失利益中控訴人きみ子の相続分金三七五万七一〇三円をすでに上回る。

(3)  以上のとおり、控訴人きみ子については、遺族補償年金の受給権者として取得した給付請求権の損害発生時現在における価格相当額が控除される結果、同控訴人の相続する損害賠償請求権の額は、一夫の慰藉料の相続分金五三万三三三三円のみとなり、これに同控訴人固有の慰藉料を加えると金一五三万三三三三円となるが、その他の控訴人の損害賠償額は、右遺族補償年金等によつては影響を受けない。

(五)  (弁護士費用)

この点については、原判決四六枚目表五行目から四七枚目表四行目までの説示をここに引用する。ただし、四七枚目表一行目の前に「逸失利益及び慰藉料の額に次の(六)項記載の弁済」を加え、同二〜三行目の「五〇〇、〇〇〇円」以下を「九〇万円が相当であると認められるので、これを控訴人きみ子の賠償を求めうべき損害額に加算する。」と改める。

(六)  (弁済)

以上の認定の結果 控訴人きみ子は金二四三万三三三三円、その他の控訴人は各金三〇六万〇二九一円の損害賠償請求権を有することとなるところ、被控訴人が昭和四四年一二月一六日控訴人らに対し遺族補償金名義で金一七〇万円を支払つたことは、当事者間に争いがない。しかし、この弁済の充当については何らの主張も立証もないので、右金員は民法第四八九条第四号に則り控訴人らの損害賠償請求権の額に応じて弁済に充当されたものと解するのが相当である。そして按分額を円未満切捨てとして計算すると、控訴人きみ子に対しては金三五万六一七二円、その他の控訴人にはそれぞれ金四四万七九四二円が弁済されたことになる。

(七)  以上に判示したところによれば、前項の各弁済充当額を差し引いて、控訴人きみ子の有する損害賠償債権は金二〇七万七一六一円、その余の控訴人らのそれは各金二六一万二三四九円となる。

被控訴人は、金三〇万円については控訴人らに受領遅滞の責任があり、遅延損害金は認められるべきでないと主張し、被控訴人主張の提供の事実は控訴人らの明らかに争わないところであるけれども、前記(五)項に引用した原判決の認定事実及び<証拠>によれば、本件の遺族補償金の額に関する合意は未だ成立していなかつたにもかかわらず、被控訴人側では右金員を補償金残額の全額として受領を求めたため、控訴人側でこれを拒否した事実が認められるので、適法な弁済の提供があつたとはいえず、被控訴人の主張は採用しえない。

また、被控訴人は、弁護士費用中金五万円を超える部分についても遅延損害金の発生を否定するが、前記(五)項の弁護士費用は、本件不法行為により生じた損害を回復するために通常その負担を余儀なくされるべき支出として、右不法行為から直接生じた損害に加えられるべきものとした趣旨であるから、不法行為時に発生し、かつ履行期にあるものといつてよく、担当弁護士との間の支払時期に関する具体的取決めの如何によつて影響されるべきものではないから、被控訴人のこの点に関する主張も理由がない。

三よつて、控訴人らの本訴請求は前項二の(七)に記載した各金額とこれに対する不法行為の後である昭和四五年六月二三日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものとして認容されるべきところ、原判決の認容額はこれを下回るので、原判決中控訴人ら敗訴の部分を変更して、当裁判所が理由あるものと認めた右金額と原判決の認容額との差額の支払を被控訴人に命じ、その余の請求は棄却することとし、なお本件附帯控訴は理由がないのでこれを棄却し(従つて民訴法第一九八条第二項に基づく申立については、これにそう裁判をなしうべき限りでない。)、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条・第九二条本文・第九三条第一項但書、(本判決において新たに給付を命じた部分についての)仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(室伏壮一郎 横山長 三井哲夫)

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